水でつながる相模原市と横浜市
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現在、少雨による渇水で注目されている津久井湖ですが、水位の低下で一部姿を現した古の土地に思いを馳せています。
明治時代、多摩川から取水し横浜まで水を引く計画で、木製の樋の形の水道管が通されましたが、水質汚染やその他の問題で頓挫しました。これらの経緯から、日本初の近代水道が相模原市緑区から横浜市西区の野毛山浄水場まで引かれることになりましたが、計画の道のりは大変なものだったようです。
相模川と道志川が合流する、現在の相模原市緑区の三井地区より取水し、横浜市西区の野毛山浄水場まで導水する一大事業でした。
相模原市には、「水道みち」と呼ばれる道がありますが、創設時に水道管が埋設された道で、運搬手段がなかった当時は、トロッコで機材などの運搬にも使用されたそうです。 現在の「水道みち」には、水道創設時の看板が26か所に建てられ、歴史を知る事ができるポイントがあるようです。日常生活にかかせない道路になっていますが、ポイントを探して歩いてみるのも良いかも知れません。
弊社のすぐ側にも「原宿用水跡」がありますが、ここは日本初の近代水道よりも、もっと歴史は古く、江戸時代に作られたもののようです。 その後400年もの間、ここの土地に住む人々の生活用水として昭和の中頃まで(結構最近!)活躍していたという事が看板に書かれています。
また、城山の都井沢地区は、山の湧き水を各家庭に自分たちで引いて生活用水に使用していました。現在は、水質が飲用に適していないという事ですが、水の恵と深いかかわりのある土地だということがわかります。
近代水道によって、さらに発展を続けた横浜市。 弊社も横浜市には思いがあります。その思いはいつかは.....。
土地の歴史を知ると自分の住む町や、住みたいと思っている町にも、さらに愛着がわくかも知れませんね。
ブルー・ライト・ホーム
住所:神奈川県相模原市緑区原宿2丁目7−30
No.2CAIRN 1F